昭和40年05月22日 朝の御理解
「慢心は大怪我の元」と、お互い慢心が慢心と気が付かせてもらえば、慎みもするのでございますけれども、自分でその、慢心と気が付いてい無いところに、落とし穴があり大きな怪我の元があると思うんですね。もし怪我は致しませんに致しましても、慢心しておるぐらい、キザな見苦しいものはないと、思うのです。自分は良かつのごつ思うておるかもしれんけれども、周囲から例えば、人が見た場合でもです、慢心しておるぐらい見苦しい事はない。
よかつのごつ思うとるといったような見方しか、してくれませんね。それがです、やっぱり自分では気が付かないところに、私は恐ろしいと思うのですね。それが大怪我をしなくてもですよ。ね、けれどもそれが、やはり、高じてまいります時にお気付けを頂く。やはり大怪我の元になるのですから。教祖の神様のご時代に、笠岡に笠岡の金光大神と言われる程の御神徳を受けられた方があった。
非常に祈念力の強い、信念力の強いお方であった。教祖の神様のご信心を頂かれて、ご自身が助かられ、そして、お取次ぎをされる身になり、当時、大谷の麦飯金神、教祖様の、いわゆる、ご本部の金光様の事をそういう風に知っておる人はいうようにです。笠岡の米の虫金神と、米の虫金神に麦飯金神と、教祖の神様を評して、そういう風にいわれる程に、ヒレイが輝いたんですね、笠岡の金光大神のところで。
ですから、金光の町を、金光の町の方へ、町は長かったでしょうけれども、金光のあの大谷のです、その当時は金光と申しません。大谷を通り抜けて笠岡にどんどんお参りしたと言う事でございます。いわゆるそのごヒレイがたったのです。おかげが頂けたわけです。やはり、大したものだったらしいですね。ところがその、或る日、信者をそそのかれましてですね、丁度、五十の、いわゆる大名の籠ですたいね。
駕籠に揺られて信者にそれを担がせて、大名行列そのままのようなその、豪華な事でご本部参拝をなさった、いわゆる金光様の元にお参りになられたのですね。本当にまあ一度こんこんと御理解を頂かせて帰りがけに、帰りの道はね、表通りを通らずに帰りの道を帰れよと教祖の神様は仰った。ところが、大体非常に気の強いお方だったらしいですね。とにかく、山を、あの山を自分がひとにらみ睨んだら、後ろにたじたじ、ひざっていくというようにその、山が動いたように言われる位に。
やはり、祈念力の強いお方であっただけに、やはり、そうした我の心というかね。慢心がやっぱり強いお方だったんですね。折角これだけの例えば、その、ごひれいを頂いておるのをです、ね、みんなの前に見せてこそ、金光大神のごひれいなんだ。それが、わざわざ、裏通りして帰る必要があろうかというてその、表通りをして、その帰っておるところに官憲の目につく所となり、ね、そのまま、確か一年半位ですね、その、牢屋に入れられなさったと言う事。
成程、それはその、牢を出られてからです、また大変合議がかけられたという事ですね、それから大変謙虚になられ、とにかく縛られておられるこの手のここがですね、もう綱ですか、何か知らんが、中に食い込んでです、もうここから、水ができるようになったと。手から。それでその、牢を出られてから、あの後のお取次ぎが非常に謙虚になられたという事ですけれども、お話をなさる時に、手首をこうこうしだしなさったら、必ず、その、涙を流して話されたという、話が残っておるのですね。
まあ、大変な笠岡の金光大神としては、その、大修行をされた、慢心、そして大怪我をなさった。そしてその、大怪我をです。またおかげの元になさったという事は有り難いですね。けれども、その、どうも、椛目の私が大体、慢心の強い男なもんですから、ここへ集まって見えられる方もやはり、その慢心の強い人たちが多いと思うのですね。ま、親に似たがめん子です。
だから、そこの自覚を持たなければいけん。大怪我したっちゃ大怪我はまた、おかげの元になるのだから。例え、難儀をしてもです、困った事になったらその、困った事を、また、難儀におかげに、以上のおかげの頂ける元にするんだからというような考え方が、私は間違っておると思うのですね。お互い、慢心をしておらんようであって、どこの、端にかその慢心が出て来る。それが、もし大怪我の元にならんに致しましても、やはり見苦しいと。どうでしょうか、今の椛目のご信者さんの皆さんがですたい、ね。
本当に皆がおかげを頂いたら、もう椛目は大変な、それこそ、こげな、笠岡の金光大神じゃないけれども、大名行列でご本部参拝をするような事になりゃせんじゃろうかと私は思うですね。五年が十年、十年が十五年かかってですたい、やはり、何とはなしに、のおかげであるからこそ、私はこの位でブレーキがかけられておるのじゃないかと思うのですね。一つ、銘々がです、もし例えば今度のご造営に。なら、三千五百万円なら私が一千万のおかげを頂きましょうとぽんとおかげを頂けれるような人がですね、沢山椛目に今出来ておったら大変なことだと私は思うですね。
昨日も、なんのことからでしたかその、御造営の事の話が出たんですけれども、今椛目からですたいね、んなら本当に、皆がです、ね、本当にこんな事じゃ相済まんけれどもというような事しかおかげを頂けんから、私はおかげを頂いておるのであり、それが積もって出来るのであるから、おかげだと私は昨日、なんの話だったからでしょうか、その話をした事でございました。ね。
椛目では、まだそうした、おかげを頂いている人が、まだいないから、おかげだと私は思う。なら椛目の人達にです、いわば、皆が思った、願っごうたりしておるようなものが与えられておるとするならです、それこそ、大怪我の元になるんだと。まだ椛目がこうしておかげを頂くようになって十五年間、そうでしょうが皆さん。ね、ですから自分の思いが遅々として進まないないと。歯がゆいように思うけれどもです。
そこに私は神様の深い御神意がある事でございますからです。私共例えば、よしどういうおかげを頂くようになりましても、どういう、いうなら派手なおかげを頂けれるような私になりましてもです、金輪際、慢心どん出すような事はありません、それで大怪我するような事はありません。と言えれるだけのです充分の中心に添えられた所の、信心が、本気で今こそ出来ておらなければならん。
でなかったら、いつまでたってもおかげは頂けない。又それを、かざして申しますとですね、本当はいうならですかね、ちった慢心の出るくらいなおかげの頂けれる、おかげを頂いてみいと、私は大体こういうような生き方なんです。ね。ちった慢心の出るくらいなおかげの一つも頂いてみいと。それがいうならば、だから、怪我する慢心ではなくて、いうなら、素晴らしき慢心だと私は、いう風に言ってますけれども。
自分としては素晴らしき慢心だと思っておる、素晴らしき慢心が、いつのまにか、大怪我の元になるような、慢心になっておるところにです、もう絶えず自分というものをぎりぎり、見極めさせて頂かなければいけないと言う事です。昨日ある方が、ご造営の事の為にある仕事を始めておられる。まあ、それが非情に順調なんですね。てもう、神様のおかげで、おかげ頂いてと、そしたらですね。
あの天狗の面をかぶっておるところを頂いたと。もう自分は何したっちゃ、やっぱ出来るぞといったようなものがあるのじゃないでしょうかね。お互い、一つ天狗になっちゃなりませんです。いわゆる私はそれとなしにその事を、話させてもらった。もうぎりぎりの自分というものを見極めねばいけませんよと。私が、商売の事に限ったらです、もう本当にこれはもう私はもう、自信、確信ですか、ね、人が売り切らんでも私は売り切ると思うておった。人が一つ売るところを必ず二倍は売ると私思うておった。
もう、こら一概に、人の一つしか売り切らんなら、私は五つは売り切ると自分で、思うておった。ね。ところがいよいよ神様のおかげを頂かせて頂くようになったらです、それが一つのものどころかです、その百分の一でも、自分の力では出来ない事を気が付かせて頂いて、初めて「障子一重がままならぬ人の身」であるなあと、おかげを頂かなければ出来る事ではないなあと言う事が分かったんです、私は。
私の才能とか私の力とかね、私は腕に自信というけれどもですそれが慢心の元になるのです。神様のおかげを頂かなければ出来んという事。いつでしたか田主丸の小野先生がお届けされたことがあったんですね。もう簡単な手術だからと思ってそれで神様にお届けもせんのにさせて頂いた所が出血を始めておる「親先生僕は、本当におかしいですけれども、う愈々、そのことをお届けできない時には便所の中に入って便所の中で金光様としっかりお願をしてからでしかメスはとらん」というておられますね。
博士号までもっておられる小野先生がですたい、そうなんです。ね、私が手術しよう私がしてやったと、ならお前がしてみりゃよかたいち言うてから、簡単に一つ、様が言いなさったような気がするですね。もうその、手術をするかのようにしている患者がです、出血を始めてから慌てられたという、もう本当にこれだけは、神さまのおかげを頂かなければ出来ませんと、こう言うておられるようにですたい、ね。
些細な事、ちょっとした事というようなところの中に、私はお互いの慢心が育って、慢心がね、慢心が育って行くですかね、慢心になるところのいわば恐ろしい、一つの黴菌が潜んでいるような気がする。ね。物を粗末にする。人を軽う見ると。小さい紙だったら平気で、それこそ一つもお粗末ともご無礼とも思わない、湯水の事使う。これが怖いです。甘木の親先生なんかは、当時です、「一円の紙を使うときに百円の紙を使うごたる気持ちで」と仰ったそうです。
その位の事を神様というときにです、「百円の紙を使う時には、 一円の紙を使うごたる気持ちで使わなばい」ち言うて仰ったそうです。ね、ところがお互いの場合どうでしょうか、ね、五円、十円なんかはもう、本当にその、軽う見ておる。ね。それぞれにやはり、そういう所がいわゆる慢心の一つの温床になるような事になるのですから、ね、小さい事、些細な事というような事の中にです。
慎みと、いわゆる謙虚なものがなからなければいけない。慢心ほど見苦しいものはない。また、慢心は大怪我の元とまで、神様は教えておられる。ぎりぎり、私共が本気で、自分と言うものを見極めさせて頂いて、ね、神様のおかげを頂かなければ出来る事ではないのであり、どのような、例えば大きな御用が出来ても、ね、私の信心が出来たから、こういう事が出来たのだといったような事ではなくて。
やはり、信心も出来ませんのに、このようなおかげを頂いてという、私は謙虚な信心と、同時にそこから溢れてくるというか、滲み出るような謙虚な姿というものがです、私共には、なからなければいけんのじゃないだろうかと。特に教祖の神様は御信心を、教祖の御信心を分からせてもらうと、分からせて頂くほどにです。ね、どこまでもやはり、無学の百姓であり、信心も出来んのにという、ぎりぎりの最低の所に、自分を何時も置いておられる所にですたい。教祖の信心の尊さが私はあると思うのですね。
自分が信心が出来るから、こんなおかげを頂いた、自分の才能があるからと、いうようなところに私は、もう一遍その事を自分の信心をです。自分の才能たる、その才能をです、ね。検討して見てです、本当に神様のおかげを頂かなければ出来る事ではないというところに立たせて頂いて、おかげを頂かなければならん。どうも、私を始め椛目の皆さんはです、ね。確かにそういう慢心気が強いのです。ね。
ですから、もし皆々さんが今いうようなおかげを頂いたとするならです、必ず大怪我の元を作るに違いありませんです。ね。ですから、どういうおかげを頂いてもです、例えば、ほんなら、御道の信心を出た椛目の先生の例をとらせて頂くならですたい、もう、いよいよ開院されて何年にもなるけれども、他所の病院に比較してから、あんまり繁盛しないと。人員も揃わないと。言うような人が。
例えば、他所以上の繁盛があったり、人員が揃うたりしたら、もう、必ずあの先生は慢心してから、大怪我をしたり、させたりするような元が必ず出来るんだという事を神様は見抜いておられるのですよ。ね。自分が怪我するどころか、人にも怪我をさせる。お互いがそうです。百万長者にしてやりたいのも親心。神様の思いなのである。また、百万長者になるための皆さんの願いである。
私は椛目の皆さんが全部、ね、百万長者になりなさらなければいけんと私は思うです。子孫繁盛の頂けれるような、おかげの頂けれる道にご縁を頂いておられるのであるから、ね。けれども、現在自分が百万長者になった時の、自分をいっっちょ思うて見てですたい、これでは神様が百万長者になして下さらんはずだというものを、一つひっ捕まえておいてです、ね。それをぐうとぐうの音も出らんように、抑える信心です。
抑え取って負かす信心です。どれだけおかげを頂いてもですね。実れば実るほど、頭のかがんでくる様な自分自身にならせて頂く。その見極めがついた時にです、神様必ず認めなさり、椛目の現在のご信心をね十年、五年、十五年と続けておられる方達の上にそういうおかげを頂けれる日が必ず来ると私は確信するです。そういう心の状態がですいよいよ間違いのないところがちょっと、またするともうパア-とする。
ちょっと見てただけでもうその慢心する。ちょっと目を離すともうそう言う様になる。もうそう言う様な事でですね、神様が本当のおかげを下さる筈がないです。真似かたに下さっただけですもの。ね。そういう神さまの思いを私共が分からせてもろうて、もうこれならどれだけのものを持たせても、何を持たしても危ない事はないとお互いが丁度いうならです、ね、使いもきらんのにです、ね、何か知らんけれども、その正宗の名刀でも欲しいような願いをしておるのじゃないじゃろかと思うのですたい。
もうすかすか切れるごたる刀が欲しいと、ね。例えばその刀を与えるから、その刀がですたい。正宗の名刀じゃないですけれども、自分の身を守り、人を守り、ね。自分の心をいよいよ清らかにする事のための正宗の名刀であったならばです、神様が与えなさらんはずがないのです。ところが、その程度の私なら、さあ、この切れるとを持っとるちいうちから、人を切ったり、自分も怪我をしたりするような事になるから。
神様はまあいうなら、表に下がってる、竹光ぐらいのものしか与えなさらんのじゃないだろうかと私は思うのです。丁度子供が刀が欲しいといっておるのと同じような事。だからこちら自身が愈々大人にならなないけんと、大人になってもそれで人を殺すような傷つける様なことにです、ないいわば自分としてもそのそういう信心、神様がご覧になっても、言うには及ばないような人になるのは間違いがないと言う様なです。
内容になっていくために、愈々自分でなかなければいけんという事。私はこれだけの自。がある、私にはこれだけの腕がある。その腕、この腕がという、その腕が、いわば当てにならんのだと。神さまのおかげを頂かなければ出来る事ではないというです、ところにならせて頂いて、ね。例えそのようなことが出来てもです、信心も出来ませんのに、ここまでのおかげを頂いて、相済まん。
勿体無いという信心が、いよいよ今こそです。椛目の皆さんの上に、要望されておる時は、ないような気がするのです。ね。本当に謙虚な私共が、どういうおかげを頂きましてもです、大名行列的な事でです、教祖の神様が、わざわざ、裏通りして帰れよと、仰ったのだけれども、ね、それだけのごひれいだといったような、考え方をして表通りを通られた所にです。ね。
牢に打ち込めされなければならないような元が。笠岡の金光大神の身の上に起こったようにです、ね。それではいよいよ人を傷つけ、金光大神の名前を傷つける。よし、それが、米の虫金神じゃなくてもいい、麦飯金神でもいい、ね、いつとはなしに、何とはなしに、どんなしたらばそれは良いと、本当のものが育っていくような、信心を目指さなければいけないと私は思うですね。
どうぞ。